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October 2005

2005.10.29

トルコ料理を満喫

トルコへはまだ行ったことがない。まだ「呼ばれてない」からだと思う。
いろいろ紀行文や写真も多々拝見し、映画の舞台にもなっている場所。是非行きたいとおもいつつ、実行に至るほどではなかった。
最近になって近々行きたいと興味が出てきたのは、バルカン半島との食文化の関連性によるところが大きい。東欧旅の終点をイスタンブールに、という壮大な旅をしたいなあとまたまた妄想をふくらませている影響か。

1か月近く前の話になるが、そんな気持ちをふつふつと抱えていたところで、飲み食い集団の誕生日にトルコ料理を食べることと相成った。
当日欠席したメンバーが絶賛していた阿佐ヶ谷の「イズミル」は以前、板橋にあったらしいがこの地に転進し、日経新聞にも紹介されたなった有名店。金曜日は7時ですでに満席。

メンバーの中に、トルコが好きでトルコ料理に詳しい人がいた。本人は旅行しただけというが、それでもトルコ料理に対する愛は半端じゃない。
そういえば、私はタイに何度も足を運んで東京でもよくタイ料理を食べているくせに、料理の名前や材料などをちゃんと覚えていない。好みははっきりしているので、現地で「あれをたべるぞー」と捜しまわるのだが、「あれ」ってなんだよ?(笑)
好きというからにはちゃんと押さえておかなくてはね。反省。

まずは前菜の「メゼ」。野菜をペースト状態にし、オリーブオイルやスパイスを混ぜたもの。
200510meze
こういった野菜豊富な前菜はメインディッシュではないにしても、日本食の野菜の前菜(白あえとか)同様に相当手間がかかると推測される。手間はかかるがそれでも、なくてはならないものなのだろう。
こういった小皿料理は私たちの日頃忙しい食卓では忘れさられがちだが、自分の料理のレパートリーとして覚えておきたいと思う。

メゼの盛り合わせの中でもナスのメゼが実に旨い。焼きナスのような馴染みの味がしっくりくる。
エキメキというパンは焼き立てを出してくれる。このパンの塩加減、適度な堅さ、胡麻の香ばしさがやみつきになりそうだ。
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手前は羊飼いのサラダ。このサラダの組み合わせはブルガリアなどでも見られたが、ブルガリアのはチーズがかかっていた。

そしてメインディッシュは肉、ケバブ。添えられたタマネギのスパイス和えが口休めにいい。
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世界三大料理のトルコ料理。ケバブしか思い浮かばないことが多かったが、基本は野菜とヨーグルトでとても健康的な食事で、スパイスよりも素材の味が重視されているようだ。
日本人旅行者がトルコ料理が好きというのが実によくわかった。異文化の食べ物を食べているけれど、素材や味付けが自分の舌と体に馴染むからだと思う。

最後はチャイでしめくくり。きちんとトルコ式のチューリップ型のガラスコップと、鳥かごのような形の釣り下げるお盆に入れてサービスしてくれた。
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前にも書いたけれど、お茶が飲める旅先はほっとする。トルコが日本人に好かれるのもそれがあるのかもね。

まだまだ食べていないものも多々。トルコ料理、トルコに行く以前にしばし足を運んでしまいそうだ。

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2005.10.26

読んではいけない:続

食事が制限されている中で読んではいけないもの、近寄ってはいけない場所などは多々。
コンビニの弁当も、パンもよく見たら油が多く、食べていいリストに入る食品はけっこう少ないのだなあと思い知らされます。お粥とうどんも飽きるので、リゾットなどを作って目先を変えた弁当を持参するなど一苦労。

以前、仕事関係でカメラマンさんのマンションにあるハウススタジオによく出入りしていた。
撮影が終わって私たちが出ようとしている頃となるとだいたい夕方なのだがドアをあけると、マンションの吹き抜けを通してとあるご家庭のおいしそうな夕餉のにおいが立ち昇ってくるのだった。
それも毎回毎回違う料理。カメラマンさん曰く、毎日欠かさずいいにおいが立ち昇ってくるのだという。春先ならタケノコらしい匂いなど。私たちは口々に「あー今日は肉じゃがっぽいですなー」「この家の人は幸せだなー」と言い合いながら引き上げていた。ほんとに幸せですよ、このオウチの人。
今、こんなところに仕事に行かなくて本当によかったと思う。

さて、こういう時の禁断の書。

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センセイの鞄
川上 弘美

私も居酒屋が好きなのだが、ツキコさんとセンセイのつまみは何気ないものでありながらいてもたってもいられない、いますぐ居酒屋に行きたくなる力をもつ。酒はワタシの好みとちょっと違って日本酒が多いが、この本を読むと酒に酔いたくなる。
親しい人と静かに今日のこととかしゃべりながら飲んで、「んじゃまた」と軒先で別れたい。

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火宅の人  
檀 一雄

檀一雄を読むと、
「料理のイロハなんてどうでもいいっ、とにかく焼きたいっ!煮炊きをしたいっ!」
という気分になる。この本はメシがメインなわけではないのだが、料理をする描写が多々でてくる。それが実に豪快。両足ふんばって重い鍋を持ちたくなる。
この人はまた世界のいろんなところで料理をしているようで、そのレパートリーも広い。
ポルトガルで買ってきた魚を焼いたりするのは想像しただけで楽しそうだ。
『檀流クッキング』はそれは豪快な料理の数々のオンパレードなんだが、どちらかというと小説に出てくるほうが想像力をかきたてられて好きだ。

4167269015 サイゴンから来た妻と娘
近藤 紘一

ベトナム料理を食べずにはいられなくなる。庶民の食卓なのだが、噂に違わずベトナムは庶民まで食べ物に対して並々ならぬ執着があることがわかる。そして食材が豊富。妻が日本にきて、苦心してベトナム食を作る、食材を求めるくだりには心底敬服する。兎を飼い、鳩をつかまえる。
若かりし頃、ベトナムの市場で魚、肉の殺りく現場を見て、嗚呼、日本人たる私はなんて軟弱なんだろうと打ちのめされたことがある。かなわない、と。ワタシなんかは胃袋だけは一人前だが、作れてこそ、なのかなと思う。
このシリーズを読むと、軟弱な自分を思い知らされる。

そのほか。
江国香織「ホリーガーデン」は不思議ちゃんの主人公の女性の失恋、癒し、再生がテーマでそのへんはアンニュイすぎるのだが、この主人公がやたらうまげな夕餉と弁当をつくる。しかも夕餉はほぼ毎日。そのディテールが細かい。

椎名誠「哀愁の街に霧が降るのだ」は、長編小説で男どもの6畳一間同居生活の顛末。その中で重要な位置を占めるのが「メシ」。実に貧乏ながら実にさまざまなものを飲み、食べている。その中でのぜいたく品「カツどん」。「とんちゃん」のカツどんというくだりで、そこで猛烈にカツどんが食べたくてたまらなくなる。描写がキツイ。

どれも読み返さなくても食への衝動をすぐに思い出す本ばかり。

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2005.10.23

食べてはいけないもの読んではいけないもの

土曜に病院へ行ったが、まだまだな感じ。
しばらくって? っていっても1週間ぐらいだろうが、胃腸に負担をかけない生活を続ける必要あり。もちろん酒はご法度。

無念。

帰りになんか食べようと街を歩いたのだが、この街は歩いているとカレーの匂いがするのだ・・・我慢ならん。。。
「うむ、カレーうどんならよかろう」と解釈して、食す。
多少ではあるが、気分改善する。

家に帰り本でも読もうと思ったが、食べ物の描写や、酒の描写がある本を読むとキツイ。読みかけの町田康は飲酒描写が多いので中断。
東海林さだおなんてもってのほか。
川上弘美もメシ酒ともに衝動に駆り立てられる描写が多いのでいわずもがな。

ついでにいってしまうと、あまり好きじゃないが江国香織は食べ物の描写に関しては力を感じる。察するに江国一家は家族での「ご飯」が好きだったんではなかろうか。一方、同じ流行系の作家で山本文緒はメシ系酒系の描写があっても少ないし、あまりおいしそうではない。

食・酒への妄想だけでなく衝動を起こすような描写をする作家が、私は好きらしい。
今の状態においては、一番タチが悪い。

内田百閒(門に月)が戦争中、ひたすら食べ物の名前を列ねる文を書いているそうだ。実に78種類。戦争で食べ物が無くなってきた頃で、食べたいものの名前を列挙したリストを作ろうと思い立ったらしい。
私も、78種類あげられるかどうかはわからないがよくなったら食べたいものはすでにいくつか考えている。

とんかつ、カレー、ごぼうと牛肉の煮物、辛いキムチ鍋、モツ鍋、さんまの刺身、しめ鯖、タコの刺身、タコの煮つけ、枝豆、さつまいものパン、エビチリ、辛いマーボー豆腐、レンコンのきんぴら、豚カルビ、グリーンカレー・・・以下続く。
百閒と状況は全く違えど、すぐそこで食べられるのに食べられない胃腸とは、実になさけなくせつない。

そして、月末まで禁酒します。
赤ワインも、ベルギービールも一番おいしい季節なのではありますが、胃腸がうらめしい。

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旅の記録としての写真(BlogPet)

きょう大祖ぬるはちは、写真旅したかもー。
しかしきょう、本人さんと満載するはずだったみたい。


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「大祖ぬるはち」が書きました。

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2005.10.20

旅の記録としての写真

ブルガリアの旅を記憶を思い出しながら書いていた時にふと思った。

私はくだらないところにシャッターを切ったりする人だと思っていたが、実はそうではなかったんじゃないかと。

たとえば、ヌードポスター満載のバスの内部などといったくだらないもの、ポンコツの車、東欧の寒々しい直角線のくすんだ駅、バス停・・・
記憶ではありありと思い出せるのだが、人に見せたいというときに、自分の貧弱な筆では難しく、こういったときにこそ写真というのが力を持つんだなと感じる。
(それを面白いと思う人がいるかどうかは別だが)

ではなぜ、それを写真にとらなかったのがなぜかというと、多分それを見せることも考えていなかったせいもあるし、被写体としては面白くない、残りのフィルムを考えると写すものではないなと思ったからだろう。

しかし、旅の記憶を手繰るにつれ、こういった名所以外の通過点、「旅における普通の風景」が自分の中で強く思い出され、旅を重ねるにつれ「あそこと似ている」というときに写真を撮っておけばよかったなあと思われるのだ。

確かに相変わらず無用な回数のシャッターを押しているが、今後は「旅における普通の日常」も撮っておこう。

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2005.10.17

レゴのロゴ

雨が続く週末。おかげで最近は自転車で走れず、ひたすら呑み食いに走っている状態。こんなんでよいのだろうか自問する日々であります。でも仕方ないんだよなあ。

それにしてもよくふりますなあ。雨。

唐突だが、私はレゴが大好きだ。北欧からきたあれ、カラフルなブロックのことです。

子どものときは何が欲しいかと聞かれたら、なにがなんでも「レゴ」。
家の中でプラスチックケースのレゴ入れをひっかきまわして家やら町やらを作って遊んでいた。5歳のときに、東京に来て買ってもらったレゴは今でもよく覚えている。青い屋根の赤い家。
検索したら、なんとここにありました。

大学3年の夏休みには旅の途中ドイツから足を伸ばし、デンマーク・ビルンにあるレゴランドというテーマパークで一人で大人げもなく狂喜し、子供の頃よりの念願を果たした。
残念ながら貧乏で、併設された「レゴランドホテル」には泊まれなかった。今度行くときは、絶対にレゴランドのホテルに泊まるつもりだ。 (またいくんかい!)

ただここ10年近く続いている「ほぼ完成型パーツ」を多用した、本来のブロック遊びを忘れたに等しいセットには全然興味がない。あれは、邪道だと思う。
数年前には基本パーツが入った青バケツセットをトイザラスで購入し、たまに小物を作って遊ぶことはあるが、将来的な夢は「海外でしか売ってない汽車セットを手に入れ、街を作ってウチで走らせること」。そもそもレゴはそれなりに高い。大人の遊びとしても贅沢だ。
アホか!オタクか!と言われるかもしれんが、アホで結構、オタクで結構。

あと、数年来欲しいのは2万円ぐらいするでかいレゴ人形。
「いつかあいつと一緒に寝てやるぅ~」
とエエ年こいた人がのたまっている。(友達に、「冬は冷たくて寒いと思うよ」と言われ、ちょっと躊躇)

で、全然関係ないのだが、日本のおもちゃメーカーの「トミカ」のロゴとレゴのロゴはにているような気がふと。。。
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2005.10.16

ブルガリアの田舎街--東欧旅No.3--

途中になっていた数年前のブルガリア旅行記の続きを。クリスマスの翌日、リラ僧院からソフィアに戻ってきたところからだ。

夜半、ドミトリーの暖房は切れた。寒い寒いと毛布3枚もかけて毛布の重みに耐えながらの睡眠。
リラ僧院から戻ってきてくたくたになりながら、ブルガリア人の超ミニスカウェイトレスのいる中華料理店で夕飯を食べつつMitchと明日はどこへいくかという話になった。
私はソフィアから2〜3時間の田舎にある19世紀の富豪のお屋敷を残す町コプリフシティツァ(舌が回らない)に行こうかと考えていた。
しかし相当つかれた、というか明日もこんな道中になってしまうとキツイ、ゆっくりしようかなーとぼそぼそと言った。
するとMitchはニコニコしながら「明日はたぶん大丈夫だよ、いっしょに行こうぜ!」と言ったのだった。…若者はきわめてタフで元気である。
旅は自力だけではない。旅人に引っ張られて進むこともある。

というわけで朝7時に起き、鈍行列車で舌をかみそうな町コプリフシティツァへ向かう。駅の看板を読むのもMitchがいると助かるんでした。(頼ってスマン)
東へ2時間、駅を降りると村へいく接続バスが待ち構えているのでそれに乗り換える。またもやヌードポスター満載。色あせ具合がたまらん。
ひと昔前のヌードグラビアバスにのる地元ご婦人たち、その感覚やいかに。
30分弱で村へ到着した。ついに馬車をみかけた。馬車にそりがついて荷物を載せて行き交っているのだ。
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19世紀豪農の屋敷を回る。雪にうもれ、まるでおとぎ話のようだ。
私にとって面白かったのはこの地域の家はヨーロッパスタイルでは無く、トルコって行ったことがないが、世界史図版でみたようなトルコ式の居間のつくり。調度品、ソファ、クッション、床に座るスタイルなど。
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1軒1軒、私たち二人を管理人が連れて歩く。
それはなぜか。
だいたいこんな冬で観光客などおらず締め切っているため、我々のために鍵を開けてくれるためだ。それも雪深い道だが、点在する家々を丁寧に見せてくれた。ただ、どこも暖房がないため、外と同じ位寒かったのはいうまでもない。。。
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暖炉のあるレストランでブルガリア料理(サラダと、カヴァルマ)とヨーグルトを食べ、「今日はちゃんと帰ろうぜ!」 夕方のバスに乗り、ソフィアに19時半着。うまくいった。
Mitchはマケドニアのスコピエへ向けて明日発ち、その後は北上してユーゴを抜けるつもりだという。私はヴェリコ・タルノヴォというところへ向かうことになっていた。
市場でビールを買って二人で乾杯して、お互いのPalm がどうの(彼はCLIEを持っていた)、お互いの彼がどうの彼女がどうの、とか下らん話をしたのを覚えている。あのあと無事東欧を駆け抜けプリンストンに戻ったあたりでメールをやりとりしたが、その後元気でいるだろうか? これを書きながらいろいろ思い出した。あのときはどうもありがとう。

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2005.10.10

ご飯によくあうカレー

石垣島からお知り合いが東京にやってきた。
以前一緒に会った面々とカレーで歓迎することになり、板橋区役所近くにあるバングラディシュカレーの「ルチ」に集まった。
この店は、私が最近親しくさせていただいている女性がご贔屓にされているお店で、1か月半ほど前にもランチで行った。スパイスもしっかりしているが角のない非常にまろやかなカレーだったのが印象的だった。その時、ナンで頼んでしまったのだが、常連さんは「ご飯がいいよ、ご飯が合うカレーだよ」と力説しておられた。

私はカレーが好きだが、詳しくない。せいぜい北と南では違いがあるといった程度だ。しかし、旅行話などを聞くと「バングラのカレーはうまかった」という人が多い。ここのルチのカレーを食べながらその話は本当なのかもしれないと思うようになった。
ここのカレーは劇的な辛味で勝負するというのではなく、地元の人、地域のお客さんの日常食カレーで食べ飽きない味だ。さらにナンではなく、米にじつによく合う。優しい味で、刺激はすくないがすーっと体に合う味。
疲れた旅先でここのダルカレーに出会ったら、それこそ「ああなんてメシの旨い国に来たんだろう」と感動しそうだ。

200510bangra-curry-rice
スペシャルマトンとライス。
200510curry-dal
ダルカレーと魚カレー。
ダルはライスなくても、そのままでも飲めるまろやかな味だ。でもカレーの味はしっかり。そして、うまい。
他に

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2005.10.08

引き際の問題。食べ収めはいつにするか。

中央線沿いに縁ができて10年近くになるが、まだまだ未開拓の領域が多い。
昨今、出没度合いが高いのが高円寺や阿佐ヶ谷、西荻。つまり「休日は快速が停車しない駅」だ。
ここらは商店街に活気があり、古い商店、渋い飲み屋、食べ物屋、古本屋が軒を並べつつも、どこか目新しいお店もあり、実に飽きない。そして、安い。吉祥寺をこれまで拠点にしていたものの、ダラダラするなら最近はこちらにシフト気味だ。
ん?これはアンタ、もう若くねえよ、という裏返しかもしれないが… その言葉は甘んじて受けよう。
少し前、喫茶店で今年最後のカキ氷を食べた。「かき氷食べ収め」というわけだ。

夏ならば冷やし中華、かき氷、そうめん。冬ならば、鍋物。
以上が自分にとって「食べ納めを意識する食べ物」だ。これをどの時点で行うかは気候にもよるが、夏の場合8月も終わりになると、意識しはじめる。鍋物の場合、4月だとまだ鍋物(キムチ鍋)が食べたいときがままあり、引き際が悪いまましばし引き延ばしすることもある。
比較的夏の場合は、諦めがよくテキパキと引き際を決める。これは迫りくる味覚の秋を意識し始めるからかもしれない。
というのも、スーパーは8/24ぐらいを境に秋の味覚に一気に入れ代わる。これも流通戦略なのだろうが、キリンビールの「秋味」が出たり、サンマやキノコの陳列が広がる。それはそれで嬉しいことなのであるが、その裏で「オクラがない!」(大好物)という事態が発生し、野菜売り場で私は憤慨するのだ。まるでもう生産すらされていない亡き者のように扱いつつ、その後数週間たって何食わぬ顔をしてオクラを復活させる流通に対して。

ま、そんなことはどうでもいいとして、今年冷やし中華は8月最後の日にランチで食べ(そううまくはなかったが)、そうめんはなくなった時点で終了とし、かき氷は9月に入って中央線沿いのレトロな喫茶店で食べ終了とした。
氷だけだと物足りない上に飽きる私は、もっぱら「氷あずき白玉」や「宇治金時」を好んで食べる。氷あずきと白玉は、どことなく石垣で食べる「ぜんざい」を思い出させる。
200510kakigori
そして合板の小さなテーブル、低い合皮の椅子。昭和の喫茶店。

AMラジオを聴きながらカキ氷食べ収め。
この秋初の栗、春菊、鍋物はいつにしようか。

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2005.10.07

三鷹に現れた奇抜マンション

荒川修作という建築家作のマンションが三鷹に建設中。

この人は、岐阜にある養老天命反転地というみょーな施設を設計した人でもあるらしい。テレビで見たことがあるが一度いってみたいところだ。
建設中のマンションは、これほどは変じゃないけど、暗闇に浮き上がるこの画像のように、実に変な家。「三鷹天命反転住宅」という。


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外だけだと思いきや、家の中、窓際の壁天井までカラフルに彩色されて、住む人のセンス、住む人の覚悟を問われそうな家だ。

2005yorotenmei

こんな家ですが、なんと分譲です。
入居希望者の方は内覧会があるそうです。ぜひこちらへ。

追記:友人に指摘されました。建築家ではなくゲージツカらしいです。

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2005.10.06

夜の東京駅

東京駅には多くの「お土産スタンド」がある。
その数、、、わからないが、中央コンコースにも、丸の内南口にも、1銘柄1つのスタンドがうまーい場所に配置されている。エスカレーター手前、新幹線に向かう途中、など。

かねてよりの疑問は、夜どこに片付けられるのかということだった。
そのままなんだろうか。置かれているものもあるが、夜は片付けられていることが多い。
ではどこに?

昨晩、9時半ぐらいに帰ろうと丸の内南口から入ると・・・おお!!!
手荷物預かり所に続々とスタンドが入っていく。
200510tokyo-station
なるほど。手荷物預かりは夕方まで。それ以降は荷物は基本的にない。=空きス
ペースなのだ。なるほどね。

つまらないことだが、妙に納得して、帰ってきたデジカメで思わず撮ってしまった。

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2005.10.01

忘れがたい長い一日 --リラ僧院--No.2

また思い出の旅路編を書こう。
私の旅の中でも忘れがたい一日、リラ僧院への長———い道中の話。

クリスマスの翌朝。毛布の重みをずっしり感じながら起きるとドミトリーの隅っこに新しい客。ポーランド系アメリカ人男の子で、ルーマニアのブカレストから夜行で到着したのだという。
朝御飯を食べながら「どこいくの?」と聞かれ「今日はリラ僧院に行くつもり」と言うと、「一緒に行ってもいい?」。
市の南部にあるバス停まで行ったものの、今日は直行便がないということが判明。その彼はロシア語を勉強しており、ロシア語が話せキリル語が読めたのが幸いした。ロシア語が分かる人はやはり多いのだ。私には非常に心強い同行者となった。
乗り継げば行けるというというので、まず途中のドゥプニッツアまで2時間。ここで乗り換えるが、次のバスまで2時間待たされる。
数日間続いた中華料理から開放され、ランチでようやくブルガリア料理にありつけた。きゅうり、トマトにチーズがかかったショプスカサラダ。
Mitchといろいろ話をする。プリンストンで数学専攻しているいかにも賢そうな男の子。話していてきもちのいい、育ちのよさも伺える。聞いてみたらおじいさんの頃にポーランドから亡命したユダヤ人の家系で、今回の旅は東欧をぐるっと周り自分のルーツを確かめたり、アウシュビッツを訪ねたりするためだという。

200510sofia-
実は気に入ってるこの一枚。雪深いドゥブニッツァのバス停だ。あまり写真を撮ってないのが残念だが、どれも無骨な東欧バス。そしてこのバスの中は、ヌードポスター満載です。わはは。写真とってませんが、デジカメがあったらきっと撮っていたでしょう。ブルガリアで乗ったローカルバスは全部そうだった。

ようやくドゥプニッツア発14:15。待てどくらせど、リラ村は見えない。15:50にようやくリラ村到着。しかし、ここは村であり山奥の僧院まではまたバスにのらねばならないことが判明。
もう4時、日も暮れてきた。
私たちもさすがに疲れた。でもここまで来たから行こうぜ!と二人で次のバスに乗り込む。客は我々のみ。山道をいくバスに乗るが、進めど進めど見えない。相当山奥に来ているはずだが、一体どれぐらい離れてるんだ?と二人でロンリープラネットを見るが、わからない。お互い不安になる。
16:40、僧院の正門につく。近くにいた英語ができる人が教えてくれた。「5時が最終バスだよ」。
あと20分しかない。
こんな山奥において行かれるのもたまったももんじゃない。ロシア語も英語も通じないバスのおっちゃんたちに「絶対乗るから、待ってて」と二人でジェスチャーで念押しし、僧院に入る。

たった20分で何をみりゃいいのか、何をすりゃいいのか。走って写真とりまくる我々。
200510sofia-2
ツァルクワ・スヴェタ・ボゴロロディナ(聖母誕生教会)を取り囲むようにして立つ僧院。その教会はコントラストのはっきりした縞に塗られた、これが白い雪に映えて美しい。遠くに望む白い山(マリョヴィツァ。標高2800m)。

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ここは現実と離れ、神に囲まれて修行に励む僧院なのだ。長い道中を振り返りながら来て良かったと思った。

しかし。。。
バスはいなかったのであった。5時少し前に。
二人で呆然と立ち尽くした。

僧院には観光客というような人が少しおり、彼らが「裏にホテル兼レストランがあって、そこで車があるから送ってくれはずだから聞いてみろ」と教えてくれた。幸いに車があり、タクシーとしてリラ村まで頼むことになった。
リラ村からドゥブニッツア行きのバスは。。。運悪く、少し前に出た後だった。ことごとく運が悪い。
簡素なバス停で、3人組の青年がバスを待っている。私は話しかけた。
「ソフィアに帰りたいんだが、どうすればいいか」 彼らは片言の英語が話せた。「ブラゴエフグラッドまでバスで行けば、ソフィアまで鉄道があるよ」。
どこだよそれ、と二人でロンプラを広げるがよくわからない。とはいえソフィアまで鉄道があるというし、ダメでも大きい街だしホテルくらいあるんじゃないか。

18時にバス発車、例のごとくヌードポスター満載である。ブラゴエフグラッドに19時着。
お兄ちゃんたちが駅まで案内してくれ、なんとか19時14分発のソフィア行きに飛び乗ることができた。。。
200510sofia4
キオスクで買った温かいハーブティーとチーズパイを食べながらほっとしつつも、いかに雪国を予定通りに旅をしようというのが間違っているかを思い知らされた。

ソフィア着21:45。二人で朦朧としながら中華料理を食べ、布団にもぐりこんだ。

確かにリラ僧院を見た。見た。
しかも、行っただけ。
それだけの日だった。
でも、今でもあのときの道中をはっきりと思い出して、思い出し笑いをすることがある。自分にとっては長い、忘れられない一日だ。

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