2009.05.01

聖地巡礼、そして万華鏡をのぞく

野町和嘉「聖地巡礼」@東京都写真美術館に行ってきた。

メッカの写真の人数を数えながら貧血気味になり、
南米の祈りの風景に祈らなくても生きていける現代資本主義トキオで暮らす自分を省み、
インドのガンガーを追う写真に、次はあっち方面にいってみるかと思い立ち、
スーダンの放牧民が牛から乳を出す方法に、極限で人間が生きるってこういうことかと感じ、
イランの写真には単に「行きたい行きたい」感になり次なる目標はイラン、っていうぐらいに気分盛り上がり・・・
という足し算、現実、思想、妄想のトリップを繰り返し。旅好きの方には、よいです。おすすめ。


行ったついでに、ミュージアムショップでGUCKAUGENとある万華鏡のような虫眼鏡みたいなもの?を買ってみた。GX100のレンズにあてて買った花を撮影してみる。家に花があるっていいよね。
flower

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2008.05.12

最近の読書とサラエボの映画

須賀敦子全集 第1巻 (河出文庫)須賀敦子全集 第1巻 (河出文庫)
須賀 敦子

河出書房新社 2006-10-05
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須賀敦子の訳書は読んだことがあったが、この人の日本語はほんとうにきれいだと思う。
彼女が外国文学を専攻するようになったとき、彼女の父上は彼女の日本語が損なわれることを危惧して森鴎外の「即興詩人」を何度も読むように言ったというくだりがある。自分の育った環境と別の文化を語るということは、まず自分が母語(それに等しい言語)への深い造詣がないと不可能だということがよく言われるが、この人のイタリアについての文章を読むとそれを実感する。旅とは違う、その地に根を下ろした言葉は一つ一つ、重い。


映画「サラエボの花」
を見た。
戦争から10数年。昨年訪れたサラエボは、傷跡が残りながらも美しい風景が広がり、平和になったからか赤ちゃんがたくさん、夜の街は賑やかで、しかしどこか人や街のどこかに残る何かもの悲しい街だった。それはそのはずで、その顔の下には忘れることなどできるはずのない痛みや傷や思いが、みんなの中に残っているのだろう。争いが残すのは、一般人への傷でしかない。それは平和になっても、誰も消すことができない。やりきれない思いを抱えたまま人は生きていくことを強いられる。手足の長い体格のいい高校生たちを眺めながら、この子たちが戦争を体験したのかと思うと、何とも陰鬱な気分にさせられる。自分の平和への鈍感さも含めて。
これから、自分の生い立ちに苦しみ、やりきれない諍いもあるだろうけれど、母娘に強く生き続けてほしい。

on the southern hill of Sarajevo

映画にはバシチャルシャでトルコ風コーヒーを飲むシーンが出てくる。シーンは冬なので私が見た夏の風景とは違うのだが、平和になったと主人公が惹かれあう人と語り合う。
turkish style coffee in sarajevo

サラエボ、2007年7月。Photo:FinePixF10

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2008.04.20

映画「ダージリン急行」、そしていつも何かの道の途中。

映画「ダージリン急行」を見に行った。

西洋人が軽く誤解しながら傾倒しがちな「インドスピリチュアル文化体験で人生を見つめ直す」的発想でやってきた三人兄弟。しかし、どいつもこいつも薬漬けで、イカれてけんかばかり。
特に現代とも過去ともつかないストーリーなので、70年代ヒッピーのようにも見える。確かにドラッグにインドスピリチュアルなんていうのは当時のブームだったわけだし、音楽もフォークっぽいものがあって、ヒッピーへのオマージュともとれなくはない。
しかし、トランクはルイヴィトンのような革製、動物の絵柄入り、そして兄弟それぞれのイニシャル入りでなんだかブルジョア的なギャップは残るのだが。
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なのでストーリー的にはとても薄っぺらい(笑)わけなのだが、彼らから進んでいくインドの風景がとても美しい。
「ダージリン急行」の車両、ターバンまいた車掌、食堂車、途中下車してなにやら兄弟があほなものを買い求める時のバザール風景、途中で出会う村の風景など、最後までああきれいだなあと思いながら見た。エンディングの曲がなぜか「おおシャンゼリゼ」だったのだが、なぜかそれがインドの車窓に合っていたのが不思議だ。
インドは行ったことがないのだけれど、そろそろ呼ばれつつあるかもしれない。

このようなロードムービーを好きな点は、終わりそうで終わらないところだろうか。

なので小説でもこういった「旅の途中」「道の途中」のものが好きだ。私にとって代表格が林芙美子の「放浪記」。
そして先日のラオス旅行で、ケルアックの「オン・ザ・ロード」新訳を読んだ。
これが、またイカれたお兄さんたちがただただ旅を続けるのだが、彼らのように「突き動かされるように移動する旅」も、疲れるけれど楽しいことを思い出さずにはいられなかった。

明日、見る風景は違う。
この町はとても美しいけれど、もう少し寝ていたいけれど、バスに乗る。鉄道に乗る。
言葉もわからない駅で右往左往する。でも、進む。進むことができる喜びと疲労。
知らないところで知らない食事をする、一杯飲む、眠る。もちろんどこか疲れる。
明日はわからない。でも、その日見たもの、見た風景、あった人は限りなく私を満たす。

10年前、ニースからスペインの地中海沿岸を抜けてポルトガルまで数週間かけてたどり着いたとき、しばしリスボンでだらだらしたことがあった。楽しいけれどもなにか寝ていたい、ぐうたらしているのに、私は旅行をしているのに、この町で航空券切れるまでいてもいいかも、と。
でも、その後にスペインのサンティアゴコンポステーラまで進み始めたとき、一つ一つの移動を経るたびに、私は旅は楽しい、と改めて実感するようになった。

最近では一昨年のラオス・カンボジア・タイの陸路旅行がひたすら動いたた旅だろうか。突き動かされるように予定は適当なんていう、どんどん移動していく旅も久々にやりたいものです。

オン・ザ・ロード (世界文学全集 1-1) (世界文学全集 1-1) (世界文学全集 1-1)
オン・ザ・ロード (世界文学全集 1-1) (世界文学全集 1-1) (世界文学全集 1-1)ジャック・ケルアック 青山南

河出書房新社 2007-11-09
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2008.04.06

春になると歌いたくなる曲

春になると聞きたくなる、歌いたくなる曲が二つある。
一つ目は、「すばらしい日々」ユニコーン

1993年春だから、解散する直前のシングル。どっちかというと当時はロックの乗り重視で聞いていたようにおもう。
ユニコーンは大人になってからよりリアルな共感を覚えるようになったバンドだ。歌詞がシンプルで(どちらかというと冗長な歌詞は嫌いだな)でもぐっとくるものがある。


もう一つは小沢健二の「僕らが旅に出る理由」。
なんとなく、春がきたなと思う曲だな。旅には常に出たいと思っているのだが、なぜか春にしかこの曲は思い出さない。
オザケンの「LIFE」は当時好きだったアルバムの一つ。表舞台から姿が消えてしまった彼だがこのYou Tubeを見て、10数年前ながら今も通じるカワイさじゃねーかよ、なんて思ってしまった。


ちょっと前、新人時代に一緒に仕事をしていたアートディレクターとお会いしたら、「今カラオケにはまってて」なんていう話になった。もうそろそろリタイアという年の方たちだが、中島美嘉などを「いいねぇ~」と。
どこか負けを感じてしまった。

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2007.06.17

目を凝らす展覧会@上野の森美術館

山口晃という画家が結構好きだ。
数年前、現代美術館で見てから気になっている現代日本画家の一人だ。

最近では三越の絵を描いたりしているので見ている人も多いと思う。精密な画が漫画のように飽きなくておもしろいんだよね。今回は絵だけじゃなくてオブジェや切り貼りもあった。

「アートで候 会田誠・山口晃展」@上野の森美術館

大きな絵だからゆっくり1枚1枚隅から隅まで見るんだが、ほんとにディテールが細かくて、現代と歴史が混在していてこっちもよくわからなくなってくる。
ちょんまげのよこに現代人。
ちょっと錯乱。おもしろい。
1枚にかける時間としては北斎以上。

そして会田誠というこれまたキレた作家のコラボレーション。
ロリコンジャパンをモチーフにした絵がワンサと。スクール水着、「美少女」という文字だけで全裸で興奮する男に爆笑。
個人的にツボだったのは東海道山陽新幹線に乗るひとならわかる、なぞの風景「727コスメティクス」看板の上にたたずむオニギリマン(作家自身)。
最近ちょっとロゴ変えたと思う。個人的には学生のころ18きっぷで山陽本線にずっと乗っていたとき、数えてみたけどわからなくなってやめたことがある。でも使ったことのない化粧品、なのに認知高なブランド。
そんなことはどうでもいいが、シュール極まりなし。

図版を買ってきたけど、山口晃のはやっぱ図版じゃおもしろくない。ルーペが必要になるので。
来週19日火曜日まで上野の森で。


美術館の正面にエスプレッソマシン搭載のコーヒーワゴンが出ていて。一杯一杯丁寧につくってくれてとってもおいしかった。土日は出ているらしい。
天気がよかったので飲みながら西郷さんの前から京浜東北線と山手線を眺めた。ここの眺めは東京で二番目に好きな風景のような気がする。
一番好きなのは総武線からみえる新宿の風景だ。

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2005.12.10

秋冬の読書

20051210
夜の空気が冷たくなってくると夜の読書が楽しい。(寒いのは嫌いなんだが)

布団に入ってごろごろ酒飲みつつ。
そういうときにしっくりくる作家というのがいる。あまり小説を多く読むほうではないので詳しくはないが、たとえば、川上弘美のエッセイや小説はしっくりくる。私の中ではこの人の書くものはしんと深まる秋冬の夜がふさわしい。心がどこかでざわざわするけれどどこまでも静か。
かといって夏に読みたい作家というとちょっと考えてしまうが。

ごろごろしながら本を読むわけだけど、最初はノンフィクションなどを読んでいても酔ってくると頭がめぐらなくなる。そこで寝るちょっと前はエッセイとか雑誌とか読みやすいものに切り替える。
(そして目が冴えてしまうこともあるのだが)

だからエッセイなどは読みやすいからといって、通勤電車の中などでガンガン読み進めないようにしている。それは、酔ったときに読む本がなくなるから。
ちびちびちびちびちびちび、私のエッセイの読み方はまあ親爺の晩酌みたいなもんでしょうか。

最近読んだ本。

4532165377此処 彼処 (ここ かしこ)
川上 弘美

日本経済新聞社 2005-10-18

4062749688耳そぎ饅頭
町田 康

講談社 2005-01


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2005.11.13

大混雑、北斎

先週から更新しておりませんでした。
身辺が急に多忙?となり、部屋もぐちゃぐちゃ、暴飲暴食が続き、家のトイレットペーパーがあとちょっと、というところまで尽きかけておるのだが買いに行っていない、もらったメールや電話に返信してない、忙しい原因となっていることを片付けていない、などなど。今日にでもやればいいのに、どういうわけだか昼寝しておりました。

といいつつ昨日、無理やり早起きして「葛飾北斎展」を上野で見てきた。
・・・休日行くならば、開館直後が必須ですな。午後は入場制限しておりました。

そもそも絵が小さい。そこにずるずると群がるため、列も進まないし、後ろから見えるものでもない。だから更に群がる。それがなんと、300点続く。
こういう展示会は展示に工夫が欲しい。ちょっと目線より上に展示するとか。
たくさんいらっしゃっていたお年寄りがちゃんと見ることができていなくて気の毒だった。連れて来られた子どもも退屈そう。(でもお年寄りは土日に来なくてもいいだろうという気も少なからずした)

さらには解説はほとんどなし。
みんながお江戸マニアでもないはずなので、時代背景や当時の風俗などの説明が必要だと思うのですが、それがない。
時折「重要」と赤字がある絵なのに、なにがどういう点でこの絵が重要とされるのかが全く説明なし。

北斎の絵はずらっと見たという気にはなったのだけど、満足度は低。混雑の時に行ったというのもあるかもしれないが・・・これで1500円の入場料ってどうよ?(毒)
3000円もする図版が飛ぶように売れていたけれど、無理もない。
私は買いませんでしたが。(いや、買えなかった、が正しい。)

この秋残るは、横浜トリエンナーレ、イサム・ノグチ、プーシキン美術館展、世田谷でやっているイスラム展でしょうか。ボケボケしていたらもう11月半ば。毎週片付けていかないと終わらない状況ですよ。

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2005.10.26

読んではいけない:続

食事が制限されている中で読んではいけないもの、近寄ってはいけない場所などは多々。
コンビニの弁当も、パンもよく見たら油が多く、食べていいリストに入る食品はけっこう少ないのだなあと思い知らされます。お粥とうどんも飽きるので、リゾットなどを作って目先を変えた弁当を持参するなど一苦労。

以前、仕事関係でカメラマンさんのマンションにあるハウススタジオによく出入りしていた。
撮影が終わって私たちが出ようとしている頃となるとだいたい夕方なのだがドアをあけると、マンションの吹き抜けを通してとあるご家庭のおいしそうな夕餉のにおいが立ち昇ってくるのだった。
それも毎回毎回違う料理。カメラマンさん曰く、毎日欠かさずいいにおいが立ち昇ってくるのだという。春先ならタケノコらしい匂いなど。私たちは口々に「あー今日は肉じゃがっぽいですなー」「この家の人は幸せだなー」と言い合いながら引き上げていた。ほんとに幸せですよ、このオウチの人。
今、こんなところに仕事に行かなくて本当によかったと思う。

さて、こういう時の禁断の書。

4167631032
センセイの鞄
川上 弘美

私も居酒屋が好きなのだが、ツキコさんとセンセイのつまみは何気ないものでありながらいてもたってもいられない、いますぐ居酒屋に行きたくなる力をもつ。酒はワタシの好みとちょっと違って日本酒が多いが、この本を読むと酒に酔いたくなる。
親しい人と静かに今日のこととかしゃべりながら飲んで、「んじゃまた」と軒先で別れたい。

4101064040
火宅の人  
檀 一雄

檀一雄を読むと、
「料理のイロハなんてどうでもいいっ、とにかく焼きたいっ!煮炊きをしたいっ!」
という気分になる。この本はメシがメインなわけではないのだが、料理をする描写が多々でてくる。それが実に豪快。両足ふんばって重い鍋を持ちたくなる。
この人はまた世界のいろんなところで料理をしているようで、そのレパートリーも広い。
ポルトガルで買ってきた魚を焼いたりするのは想像しただけで楽しそうだ。
『檀流クッキング』はそれは豪快な料理の数々のオンパレードなんだが、どちらかというと小説に出てくるほうが想像力をかきたてられて好きだ。

4167269015 サイゴンから来た妻と娘
近藤 紘一

ベトナム料理を食べずにはいられなくなる。庶民の食卓なのだが、噂に違わずベトナムは庶民まで食べ物に対して並々ならぬ執着があることがわかる。そして食材が豊富。妻が日本にきて、苦心してベトナム食を作る、食材を求めるくだりには心底敬服する。兎を飼い、鳩をつかまえる。
若かりし頃、ベトナムの市場で魚、肉の殺りく現場を見て、嗚呼、日本人たる私はなんて軟弱なんだろうと打ちのめされたことがある。かなわない、と。ワタシなんかは胃袋だけは一人前だが、作れてこそ、なのかなと思う。
このシリーズを読むと、軟弱な自分を思い知らされる。

そのほか。
江国香織「ホリーガーデン」は不思議ちゃんの主人公の女性の失恋、癒し、再生がテーマでそのへんはアンニュイすぎるのだが、この主人公がやたらうまげな夕餉と弁当をつくる。しかも夕餉はほぼ毎日。そのディテールが細かい。

椎名誠「哀愁の街に霧が降るのだ」は、長編小説で男どもの6畳一間同居生活の顛末。その中で重要な位置を占めるのが「メシ」。実に貧乏ながら実にさまざまなものを飲み、食べている。その中でのぜいたく品「カツどん」。「とんちゃん」のカツどんというくだりで、そこで猛烈にカツどんが食べたくてたまらなくなる。描写がキツイ。

どれも読み返さなくても食への衝動をすぐに思い出す本ばかり。

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2005.09.17

夏を通り越して冬

今年は夏休みがとれない環境にあったので、もう冬に頭は飛んでいる。

昨年行けなかったので、スリランカに行くことにしようかと思っていたのだが。
ここに来て迷いが。
ラオス→カンボジア→タイというルートも公式ルートになる前に行ってしまったほうが楽しそうでもあるから。昨年と同じところにいくのもまたつまらないんだけど。
そこで逡巡。

時代や政情や情報の多さ少なさでそのルートが大丈夫かどうか、そして魅力的かどうかはつど変わって行く。ラオスとカンボジア抜けは多くの旅人が現時点で通りながらも、どこか魅力的に感じるのはなぜだろう。

行き先決定については最終的には「自分の気分と合致するかどうか」が旅の原則だ。
どんなにエキサイティングな街だといわれてもベルリンにはあまり行く気がないのはいまはまだ気分じゃないからで、スバラシイといわれていてもハワイに行く気にならない(笑)のとか。

そんなこんなでいろいろ調べていたのですが、嗚呼会社なんか辞めて2か月ぐらいリフレッシュしてきたいなあああああああ(あがずーっと続く)と思ってふとんの上でのたうち回ってしまった。

そしたらだな、多分最初にタイ行ってしばしノンビリしたあとでヨーロッパに飛びます。そして東欧を歩くのだ。クロアチアに入りボスニア、セルビアを通ってブルガリアのソフィアに抜ける。
などとこの本、「東欧・旅の雑学ノート―腹立ちてやがて哀しき社会主義」(玉村 豊男)など読み返していたのですっかり頭が長旅東欧に。

嗚呼。さてどうしようかな。東欧よりも先に考えなくてはならない年末計画。

↓この本です。活字になってしまっていますが、原文ノートで読んでみたい。
腹をたてながら、トラブルに憤慨しながら、うまいものを探した喜びを感じたり、自分の観点でこの地域を考えたりしながら旅が続く。とても共感できる。時代はちょっと古いのですが。
私も記憶のために、ちゃんと旅日記はつけないと。

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2005.09.12

ブリヂストン美術館

週末、ブリヂストン美術館の企画展と常設展を見に行ってきた。

東京に住むようになって、最初に行った美術館がブリヂストン美術館。
それからここは印象派のコレクションが多く、モネ展をやったのを見に行ったこともある。それまで銀行のカレンダーで見ていたモネの「睡蓮」以外の世界を知り、その後ヨーロッパに美術館めぐりに出かけるきっかけにもなった。

ま、そんなことはどうでもよくて今回は「絵の中の二人」という企画展。
「二人」、つまり恋人とか親子といった関係や、物語の中の二人、画家とモデルといった二人という関係をモチーフにした作品をカテゴリ別にわけて展示。

ここの所蔵品が中心、とはいえこの他にも世の中には多くの二人をモチーフとした作品はあるので、これだけじゃあないといえばそうなのだがこうやってカテゴリにわけて並べ替えて見るのは視点が変わって面白い。
シャガールは個人的にあまり好きじゃ無いのだが、赤、青、黄の3連そろうと見ごたえありました。あとは個人的にリトグラフのベン・シャーンという作家のが気に入ったかな。発見。

作家とか時代ものの企画は多いが、このような「二人」とか、5月にひろしま美術館で見た「描かれた禁断の果実 [りんごの秘密]」のように、描かれたモチーフを切り口にした企画が最近新鮮に感じる。

企画はもちろんだが、やはり常設展示がよかった。自分が好きな印象派を中心にコレクションがあるからだろうが。
他の美術館だと日本洋画と他の海外作品の落差が激しい展示が多いのだけど、ここは日本の洋画もベタなんじゃなくてセンスがいいのが集まっている。

音声ガイドも充実しておりまして全部聞いてたら3時間あっても回りきれません。
休日でも空いていて、椅子に座ってゆっくり見ることができる。

この作品の質と量で、800円は非常にお得です。

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